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2025年5月

新しい頭頸部がんの治療…光免疫療法


従来のがん治療は、手術・抗がん剤治療・放射線治療の3つの治療法が主軸となって行われてきました。これらの治療法はいずれも、がん細胞以外の正常な細胞にも少なからずダメージを与えることが避けられず、様々な副作用や治療に伴う合併症を引き起こす可能性があります。現に、治療によって生じた間質性肺炎などの重篤な副作用が直接的な死因につながるケースも少なくありません。
比較的新しいがんの治療法として普及している分子標的治療薬や2018年にノーベル医学・生理学賞を受賞したオプシーボ®などの免疫チェックポイント阻害薬に関しても、従来の3つの治療法より発現のリスクは少ないとはいえ、様々な副作用が報告されています。
がん細胞のみをピンポイントで攻撃し、正常な細胞には影響を与えない治療法であるこの光免疫療法は、「抗体」・「近赤外光線」・「IR700」の3つの要素を応用して開発されました。

1. がん細胞が持つ「抗原」に対する「抗体」
がん細胞には、正常な細胞と同じように細胞膜があります。そして、多くのがんではこれら細胞膜の上にそのがんに特有の「抗原」があることが分かっています。
この「抗原」を利用してがん細胞の攻撃を行うのが、比較的新しい種類の抗がん剤「分子標的治療薬」です。分子標的治療薬は、がん細胞の表面にある「抗原」やがん細胞が持つ遺伝子などに特異的に作用して、がんの増殖を抑える働きがあります。
「抗原」に作用するタイプの分子標的治療薬には、「抗原」に特異的に結合する「抗体」が含まれています。「抗体」とはたんぱく質の一種であり、「抗原」に結合することで細胞の増殖を防ぎ、免疫反応を活性化させて細胞を死滅に追いやる働きを持つ物質です。

2. 人体に無害な近赤外光線の応用
小林氏らは、分子標的治療薬に使用されている「抗体」を利用する治療を行うにあたり、実際に抗体がどれくらいの分量でがん細胞に行きわたるのかを調べるため、がん細胞の「抗原」に結合すると発色する性質を持つ蛍光物質を開発しました。これを「抗体」に取り込むことで、がん細胞の「抗原」と結合した抗体のみが発色し、どの程度のがん細胞を支配するのか知ることができたのです。近赤外光線はリモコンなどにも使われている光であり、従来の放射線治療で使用されているX線などと違って人体に当たっても害はありません。

3. IR700の応用…ナノ・ダイナマイトの作成
近赤外光線が照射されると何らかのエネルギーを発生してがん細胞を破壊する物質の開発がされました。「IR700」と呼ばれる物質です。IR700は新幹線の塗料にも使用されるフタロシアニンが元となっている物質であり、これを水に溶けやすい性質に改良して抗体に結び付けることに成功しました。抗体に結び付いたIR700は近赤外光線に当たると光エネルギーが吸収されて一瞬で構造が変わり、「抗体」はもとより「抗原」自体の変形を引き起こします。その結果、「抗原」が付着している細胞膜に大きなダメージが加わって、がん細胞を細胞膜ごと破裂させるのです。「IR700」つきの「抗体」は、ナノ・ダイナマイトと命名されています。体内に注射してがん細胞にくっつかなかったナノ・ダイナマイトは、1~2週間経つと肝臓で代謝され、尿とともに排出されるので安全な治療法をされています。

現在、がんに対する新たな画期的治療法として世界中から注目を集めているこの光免疫療法は、現在の治療法では手の施しようがなかった進行がんの患者にも高い治療効果が期待できるとの報告がなされています。耳鼻科領域の頭頸部がんへの応用から始まったこの治療はほかのがんへ適応を広げていくものと思われます。