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2022年8月

ウイルスを使った難病治療「ウイルス療法」
 増えるモノ同士を戦わせるがんを壊すウイルス
 増殖には増殖を、治療に応用

 

新型コロナウイルスやサル痘ウイルスをはじめ、近年ウイルスは人類にとって脅威となるマイナスのイメージと思います。人類はその都度ウイルスを克服してきました。近年悪いイメージのあるウイルスを難病や希少疾患、先天性の病気の治療に使えることが分かってきました。がんなどの難病治療の光明となっています。

細胞は分裂して増えるために遺伝子の本体となるDNAを複製する。普通の細胞は「テロメア」と呼ぶDNAの末端を完全に複製できず、やがて分裂が止まる。ところが遺伝子が変異したがん細胞は新たに末端を作るたんぱく質が活発に働いて分裂が止まらず増え続ける。さらに、免疫細胞の働きも抑えて増殖因子などを自ら増やしていくのです。

がんが増える仕組みの研究が進むと制圧が難しい理由が次々明らかになってきました。ヒトの腸にいる約40兆個の腸内細菌は、消化や吸収を助けたりビタミンを合成したりする。がんはこの腸内細菌も利用して増える。一部の抗がん剤の投与でかえって乳がんが増えてしまう現象も分かってきました。がん細胞が死に際に免疫の働きを邪魔するたんぱく質が発現して免疫の監視からがんを隠して増殖を助ける。がんはあの手この手で生き延びようとするのです。

増え続けるモノといえば、ウイルスがあります。新型コロナやエイズなどのウイルスは、次々と増殖する性質が脅威になります。この増殖する性質を利用してがん細胞を破壊するのです。ウイルスががん細胞に感染するとがん細胞が生きるのに必要な膜などの「資材」を奪い、がん細胞は死んでばらばらに壊れる。増えたウイルスは別のがん細胞に感染し、攻撃を繰り返す。

19世紀末に米国の医師が、がん患者に細菌を投与するなどした。細菌を倒そうと活性化した免疫細胞などが、がんもたたくと考えた。だが健康な臓器や組織も傷み、期待通りにはならなかった。研究が続けられ2015年、ウイルスを使う治療法が海外で登場した。多くの人が感染する単純ヘルペスウイルス1型を応用した。皮膚がん向けに承認されました。

 ウイルスを使ってがん細胞を退治するこの「ウイルス療法」という新たな治療技術が日本でも登場しました。悪性度の高い脳腫瘍向けに昨年から治療薬の販売が始まっている。その他の難治がんに対するウイルス療法薬も開発が進んでいます。既存の手法では治療が難しいがんの患者にとって、待望の薬となりそうです。
がんのウイルス療法の特徴は、手術で取り切れず、抗がん剤や放射線も効きにくく、免疫も働きにくい部位にできる脳腫瘍や骨腫瘍など向けに開発されている。しかもその効果が長期間持続するのも利点です。ウイルスによって、体内の免疫が刺激されると考えられています。近年の研究では抗がん剤や他の免疫療法との併用で治療効果が高まるという報告もあり、世界で140以上の治験が進んでいます。

また遺伝子治療でもウイルスの重要性は増しています。米国では17年に網膜疾患治療薬「ラクスターナ」が、19年に神経難病治療薬「ゾルゲンスマ」が承認された。いずれもウイルスをベクター(遺伝子の運び手)として活用し、体内に治療遺伝子を送り込む手法です。ウイルスを使う治療法は広がりをみせています。
現時点ではがん治療ウイルスも万能ではありません。難治性のがんや再発したがんの増殖を抑えこみ、生存期間を延ばす効果がある一方、一定の割合で効果がみられない患者もいます。そのため安全性が高く、より有効性が高い次世代の治療ウイルスの開発が世界中で進行中です。