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2013年6月

「天寿がん」という考え方

「天寿がん」という考え方

20世紀後半に日本人が成し遂げた多くの優れた業績があります。

その一つがは「平均寿命が世界一」ということです。人生において長寿が与えることは原則としてオメデタイことだと考えます。人間はいくつで死んでも早死であり、死は不条理だと思います。21世紀に入った現在、日本人の平均寿命は79才(男)、86才(女)となっています。

秦の始皇帝が徐福に命じて不老長寿のくすりを求めさせたという伝説は有名ですが、現在に至るまで、「老い」を癒すくすりは発見されておりません。がんを予防するくすりもありません。他力本願はだめで、人間は生きてきたように病気になり、生きてきたように死ぬのです。21世紀の日本人の死因はがん、血管の老い(心筋梗塞、脳梗塞)が60%を占めますが、これらを克服した人は平均寿命が更に8才延長し、男は87才、女は94才となります。日本は益々超高齢社会となり、100才長寿も目前に迫っています。

病気や事故で亡くなった80歳以上の人を解剖すると、がんが死亡原因でないのにがん細胞が見つかることがあります。ガンは体細胞の老化現象の一種で、高齢になるにつれてガンは増えます。高齢化社会が進むと、ガンはますます増えていくと考えられます。医学がいかに進歩しても将来、ガンが完全になくなることは考えられません。

そこで、今後はがんになる年齢をもっと後の方にまでずらし、がんにかかること、またはがんで亡くなることをずっと遅らせて、ヒトとしての身体の自然な寿命がくる年代まで遅らせ天寿を全うさせることががん対策の一つかも知れません。人の死は悲しむべきものですが、超高齢者の安らかな死は、日本人は「天寿を全うした」として、むしろ祝福し「大往生」といってきました。長い人生を存分に謳歌した後、苦痛もなく、家族に祝福されての死が本人にとっても幸せであります。医学、医療の究極の目標は、人が事故や病気で不本意な死を遂げるのではなく、寿命が尽きたとき枯れるように安らかに死なせたい、ということであります。

高齢者のがん患者が急増し、その治療は、というと、手術も化学療法も進歩し、攻撃的な治療をする傾向があります。それ以前は、80歳過ぎると手術はしないものだといわれていました。高齢者・超高齢者というのは、いろいろな臓器に隠れた欠陥があり、攻撃的な治療をすると、意外にガクッとして、苦しんだだけで早く亡くなる、そういう例もあります。どういう基準でこういう急増する高齢者がんの治療をするかというのはたいへん重要で難しい問題です。

この中で天寿をまっとうするまでがんと共存するという「天寿がん」という考え方があります。超高齢者のがんでは、さしたる苦痛もなく、あたかも天寿を全うしたかのように人を死に導かれますので、根治できないがんには進行を遅らせ、生活の質を保ちつつ共存する治療も大切です。すなわち、天寿がんでは、もし末期がんの疼痛があればコントロールすることを除き、侵襲的治療や無意味な延命措置をしないというのが最良の治療かも知れません。しかし、生前に天寿がんと診断するのはたいへん難しい。亡くなってから、天寿がんだったということは簡単なのですが。ましてや、がんには悪性度の進行という現象があり、浸潤や転移が起きますから、将来どういう症状が出てくるかというのは予測できないが、がんの性格を明らかにして、経験をたくさん蓄積していけば、診断ができるようになると考えます。天寿がんの診断には、がんの性格が大事であり、発見したときのサイズ、臓器の中のがんの位置、それから患者さんの気力と体力、こういうものが重要なファクターになります。頭頸部領域では高齢者の甲状腺がんの治療に戸惑うことがあります。他院で手術を勧められましたがどうしても手術したくないという患者さんを診ています。腫瘍は非常に大きいのですが転移もなく性格もおとなしいと考えましたので外来で経過を観察のみしています。

超高齢社会を迎え、がん患者の数は急増しているのに、こうした超高齢者のがん治療をどうするのか、はっきりしておりません。高齢者は体力がないので、外科治療や化学療法は、生活の質を著しく悪化させるケースがある。

また、いたずらな延命治療も行われている。そして、がんに対するいわれのない恐怖心が合理的な対応を妨げています。